丸山希の母ってどんな人?一番のサポーターと地元で見守る家族を調査
「一番になりなさい」
スキージャンプ丸山希さんの亡き母信子さんの言葉です。
この言葉に応えたくてひたすら頑張ってきた丸山希さん。
今シーズンに入ってから急にオリンピック金メダル候補に上がってきた丸山希さん。
どのような家庭でどんなお母さんだったのか調査していきましょう。
丸山希の母ってどんな人?
丸山希さんのお母さんはどのような方だったのでしょうか?
母・信子さん
丸山希さんの母信子さんは、9年前にガンを患い
2017年1月10日(享年50歳)でお亡くなりになられています。
丸山希さんの母・信子さんはお亡くなりになる2か月前に闘病中にも関わらず丸山希さんの応援にかけつけています。
だれよりも娘の活躍を楽しみにしていた丸山希さんの母・信子さん。
丸山希さんと母・信子さんの思い出を見ていきましょう。
お母さんとの思い出
丸山希さんは運動会で1等賞になったことがないそうです。
丸山希さんは運動神経に少しコンプレックスがあったのかもしれません。
「1番になりなさい」と言われていたお母さんに笑ってごまかしていたようです。
「ふざけないで真面目に走りなさい」と言われたことを覚えています。
お母さんは、丸山希さんに小さい頃から勝負の厳しさをわからせたかったのかもしれませんね。
そしてたとえ1等賞ではなくても一生懸命に取り組む大切さも教えたかったのかもしれません。
だから丸山希さんは、危険と隣り合わせの競技を大けがを負った後も世界と戦い続ける選択をし、一生懸命に逃げることなく戦っているのかもしれません。
お母さんの言葉
亡き母信子さんは丸山希さんが小さい時に常に
「1番になりなさい」
と言っていたそうです。
お母さんから言われ続けてきた「1番になりなさい!」という言葉。
それは今でも丸山希さんの心に深く響いているようです。
数ある記憶の中でもこの教えがお母さんとの最も大切な思い出であり、丸山希さんの原動力となっているようです。
丸山希の母ってどんな人?一番のサポーターと地元で見守る家族
丸山希の母ってどんな人?一番のサポーターと地元で見守る家族とは?
引用:47NEWS
1番のサポーター
丸山希さんが高校卒業をまじかに控えた2017年1月、丸山希さんの母信子さんは亡くなりました。
丸山希さんの父・守さんによると
娘の良き理解者で1番のサポーターだった。
と丸山希さんの母・信子さんのことを語っています。
参照:毎日新聞
地元で見守る家族
丸山希の父・守さんは、地元野沢温泉村で民宿を経営しています。
民宿には、丸山希さんのトロフィーが沢山飾られています。
増えすぎて置けなくなったトロフィーはどうしていると思いますか?
丸山希さんの大サポーターのお父さんだったら飾っているかもしれませんね。
民宿に飾り切れなトロフィーは、エンブレムだけをとってお父さんの民宿に飾っています。
丸山希さんの6つ上の兄・雄さんも、お父さんの民宿で経営に携わっています。
丸山希さんは長野県大手の建設会社、北野建設のスキー部に所属しています。
丸山希さんは大学(明治大学)で東京。
就職で地元長野県に戻ってこられています。
丸山希さんが長野県内での練習や試合にはいつでもいけそうな距離に今は家族がいることがわかりますね。
オリンピックの応援
丸山希さんの父・守さんは
(娘の)高校の卒業式に妻の遺影を持参しましたが、五輪にも一緒に行こうと思っています。
オリンピック本番は、丸山希さんの母・信子さんも父・守さんによって丸山希さんの近くから応援できるようですね!
まとめ
丸山希さんの1番のサポーター、丸山希さんの母・信子さん。
9年前にガンを患いその闘病中、白馬村での大会に応援に駆け付けました。
丸山希さんの母・信子さんは、活躍する娘・丸山希さんの姿を目に焼き付け、それから2か月後帰らぬ人となりました。
自分が金メダル取りたいっていう目標が小さい頃からあって常に口にはしていたのを覚えているのでその金メダルを取って母も喜んでくれるとうれしいなって思っています。
参照:YAHOO!JAPAN
幼い頃からの夢、金メダル!
「真面目に走りなさい」「1番になりなさい」
丸山希さんの母・信子さんさんが丸山希さんに伝えてきたこと。
丸山希さんが大人になって、世界と戦えるようになった今、丸山希さんの母・信子さんの言葉の意味を理解し、身をもってその大切さを感じていることでしょう。
オリンピック本番では、丸山希さんの1番の応援団お父さん・お母さんが近くから見守ってくれます。
イタリアの空を1番美しく飛ぶ姿が見れることを楽しみに待っています!


