江頭2:50の父親はどんな人?破天荒な芸は父の影響なのか徹底調査!
唯一無二の芸風で、世間を騒がせてきた江頭2:50。
以前は、嫌いな芸人ランキング1位!
抱かれたくない男ランキング不動の1位でした。
しかし、昔からのコアなファンに加えエガちゃんねる開設から新たなファン層が増えています。
今では、老若男女問わず絶大な支持を集め人気YouTubeとなっています。
今回は、そんな人気YouTubeとなった芸人江頭2:50の父親はどんな人なのか調査していきます。
江頭2:50の父親はどんな人?
江頭2:50の父親はどんな人だったのでしょうか?
誕生から家業を継ぐまで
名前:江頭勝義
昭和13年3月4日 佐賀県神崎郡千代田町に生まれる(現在の神埼市千代田町)
昭和31年(18歳) 福岡県立大川工業高等学校木材工芸科(インテリア科)卒業
昭和32年(19歳) 自衛隊入隊。北海道へ渡る。
昭和34年(21歳) 地元佐賀に帰り、家業(一番嫌いな商売)江頭酒店を継ぐ
商売のかたわら大好きな絵を時々描いていたそうです。
エガちゃんの絵の才能・血筋
江頭2:50さんも絵を描くことが上手で、大好きなんです。
自分の描いた作品を作品専用の倉庫を借りて保管するほど!!
エガちゃんファン(あたおか)は、
このようなあたおかの声がたくさんあります。
江頭2:50さんの作品をみたエガちゃんねるの藤田ディレクターは、
「天才っぽいですね!」
と、ビックリするほど。
エガちゃん曰く、絵の才能は『血筋』だそうです。
江頭2:50の父親の絵の才能は、エガちゃんに受け継がれていますね!
しかし嫌いなお商売でしたが、だんだんと忙しくなってきてしまいます。
大好きな絵が描けなくなる!
このままでは俺の人生終わっちゃう!
これは何かやらなくちゃ!と、江頭2:50の父親勝義さんは新し事を始めます。
マラソン・カラオケを始める
昭和47年(34歳) マラソンを始める(天草パールマラソン等出場する)
昭和53年(40歳)練習のやりすぎで腰痛となり走れなくなる。
走れなくなって、はがゆいからと新しいことを始めます。
カラオケ大会の栄光
昭和58年(45歳)町内カラオケ大会で優勝
昭和62年(49歳)吉田音楽歌謡名人位獲得
平成元年(51歳)コロムビア杯カラオケ大会(大牟田市文化会館)優勝
平成2年(52歳)熱気球世界大会の折、カラオケコンテスト優勝
エガちゃんもエガフェスで熱い歌を歌います。
これも『血筋』なのかもしれませんね。
江頭2:50の父親も芸人だった?
江頭2:50の父親も芸人だったのでしょうか?
仕事は何をしていたの?
21歳から酒屋の店主をされています。
しかしあることがきっかけで、芸人デビューされています。
影響を与えたのは、息子の江頭2:50でしょうね。
江頭家の場合は、息子の影響を受けて親父が芸人になったのでしょうか?
初めは、酒屋の店主をしながら芸人をされていたようです。
デビューはいつ?
芸名:江頭2:45
平成5年(55歳)テレビ初出演(テレビ朝日『マグニチュード』)
エガちゃんに「お前の方が5分遅い!」と言って笑いをとったことがあるそうです。
芸人へのきっかけ
地元、佐賀県立鳥栖商業高等学校の文化祭依頼が江頭2:50さんの父親の元に来た。
「スケジュールの都合上で江頭2:50は来られない」と勝手に断り、父親自身が文化祭に出演したそうです。
プロの芸人へのオファーを勝手に断って素人がでるって、江頭2:50さんの父親の度胸が凄すぎます!
その後、江頭2:50さんと地上波での共演を果たしています。
江頭2:50さんの父親は、嫌いな商売をさせられお酒が一滴も飲めないのに酒屋の店主。
大好きな絵を描く暇さえない。
そんなストレスフルな生活の中で見る息子・エガちゃんの破天荒な芸風が羨ましくも見えたのかもしれませんね。
やりたいことをやっている息子。
自由のない俺。
俺もエガちゃん!何かできるかも!と、考えたのかもしれませんね。
その後の経歴・エガちゃん事件との系列まとめ
これからは、俺の才能をためすため好きなことをじゃんじゃんやる。商売なんかどうでもいい
※『親個展』で展示していた江頭2:45さんの経歴の表からです。
エガちゃんねるで、エガちゃんの倉庫から出てきた物のひとつです。
参照:エガちゃんねる
経歴まとめ
平成5年(55歳)テレビ初出演(テレビ朝日『マグニチュード』)
平成6年 エガちゃん・グランブルー
平成7年(57歳)陶芸を始める。佐賀仁輪加(さがにわか)を始める。
平成8年(58歳)水墨画・水彩画を始める。
平成9年 エガちゃん・トルコ事件
平成10年(60歳)商売をきっぱり辞め、絵、陶芸、芸能、芸の道に一生を捧げる
エガちゃんの凄い出来事と時系列に見ると、お父さんが心を休ませたくなるのもわかるような。
江頭2:50さんの父親がお商売を辞めた理由の詳しいことはわかりませんが、トルコ事件があったからでしょうか?
江頭2:50の父親は現在どうしてる?
江頭2:50さんの父親は、現在どうしているのでしょうか?
江頭2:50さんの父親は、2020年にお亡くなりになられています。
『ビバリー昼ズ』の中で江頭2:50の父親の訃報を伝える
エガちゃんが大好きな、高田文夫さんと松村邦洋さんが2020年5月15日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で江頭2:50さんの父親の訃報について語っています。
高田文夫のラジオビバリー昼ズ(ニッポン放送)
1989年に放送開始、現在も続く長寿番組。
当時、江頭2:50さんの父親の訃報を伝えたのはこの番組だけでした。
他のメディアがどこも江頭2:50さんの父親の訃報を伝えなかったので番組内で「誤報だった?」と、盛り上がったようです。
番組内でのエピソードトーク
『ラジオビバリー昼ズ』の中で江頭2:50さんの父親の訃報を放送した数日後、高田先生と松村邦洋さんのところへエガちゃんが電話をしてきたそうです。
江頭2:50さんの父親のモノマネで
しぇんしぇえ、おはようごじゃいます。江頭2:50でごじゃいます。ビバリーでなんかうちの父親のことをなんか2回もいじってくれちゃったみたいで….ありがとうございます。
江頭2:50の父親との深い絆
江頭2:50さんの父親との深い絆とは。
『親個展』
絵を描くことが大好きなエガちゃんと江頭2:45さん。
2人は、『親個展』をして自分たちが描いた絵をお披露目したようです。
その様子は、当時週刊文春さんが取り上げてくれたとエガちゃんが自身のYouTubeの中で言っていました。
『親個展』で展示された経歴表は、平成10年・江頭2:50さんの父親が60歳までのことが記載されていました。
うさこ
江頭2:50さんの父親は、世間を世界を敵に回した状態でも息子と楽しい時間を過ごしたようですね。
親子愛というか親子の絆のようなものを強く感じます。
江頭家の『血筋』、絵・マラソン・歌・芸。
どれも江頭2:50さんの父親の影響が濃く混ざっていましたね。
まとめ
江頭2:50さんの父親は、嫌いな商売という酒屋の店主を継がされた。
好きなこともできない忙しい毎日の中、変なことで注目をあびていた息子江頭2:50が羨ましく見えたのかもしれません。
お父さんの中で「江頭の血」がふつふつと湧き上がってきたのでしょう。
エガちゃんの絵・芸術の才能は、ビックリします!
気持ち悪い絵ばかりで綺麗な絵ではありません。
「気持ち悪いって言われたい!!」エガちゃんワールドです。
その統一された世界観が気持ち悪いですが、素晴らしいのです。
この才能も江頭家の血筋!!
江頭2:50さんの父親がいたからこそ受け継がれた才能!
これが江頭2:50さんを作っています。
おまけ
エガちゃんねるは、週2回のペースでアップされます。
そのひとつ日曜日の2:50頃は、自らいのちをたつ方が多いという時間帯です。
あえてその時間に「エガちゃんねる」の配信をしているようです。
つらいこと、嫌なことがあったら、俺を見ろ!!
悩むのがバカバカしくなるから!
と、エガちゃんは言っています。
破天荒な芸風の裏に隠された律儀で義理堅い真面目なおじさん、エガちゃん。
出川哲郎さんが世間に受け入れられたように、エガちゃんもそんな存在になって欲しいな。


