吉田仁人・ダンス経歴!なぜJAZZ?勝負への執着を表現で届ける理由
M!LK のリーダーなのにも関わらず、メンバーからいつもいじられるダンスの上手い吉田仁人さん。
吉田仁人さんはいつからあんなにダンスが上手いのでしょうか?
- なぜあそこまで踊れるのか
- 昔から才能があったのか
- M!LKのリーダーになるまでどんな道のりだったのか
- 塩﨑太智との関係はいつ始まったのか
ダンスの上手い吉田仁人さんのダンスの経歴や背景が気になりますよね。
M!LK のリーダー吉田仁人さんを作ったのはダンスの才能だけではないようです。
幼少期から積み重ねた努力、誰にも理解されなくても好きなことを続けた経験、そして負けず嫌いな性格。
この記事では、吉田仁人さんの幼少期からダンスとの出会い、M!LK加入までを時系列でまとめました。
この記事でわかること
- 吉田仁人がダンスを始めたきっかけ
- JAZZダンスに夢中になった理由
- 塩﨑太智との出会い
- M!LK加入までのストーリー
優しそうで穏やかなイメージの、吉田仁人さんですがダンスを習っていた小さい頃は違ったようです。
吉田仁人のダンス経歴
吉田仁人さんのダンス経歴をご紹介していきます。
ダンスは何歳から?
幼少期のダンスの上手い吉田仁人さんは、一人で黙々と遊ぶ時間が好きな子どもだったそうです。
4歳頃には黄色い三輪車がお気に入りで、キックボードのように乗って遊んでいたそうですよ。
そして2004年、4歳からHip Hopダンスを習い始めます。
ここが現在の吉田仁人さんの原点になりました。
将来の夢は「ダンサー」
卒園時、先生から将来の夢を聞かれた時のこと。
周囲の子どもたちは戦隊ヒーローなどを答える中、ダンスの上手い吉田仁人さんだけはこう答えました。
「ダンサーになりたい」
しかし当時はダンサーという職業が一般的ではありません。
周囲から返ってきたのは
「何それ?」
という反応。
ダンスの上手い吉田仁人さんは悔しさから、幼いながら
「見返してやる」
と心に決めたそうです。
この経験が現在のM!LK という国民的アイドル兼ダンスボーカルグループをひっぱていくダンスの上手いリーダー吉田仁人!という存在につながったのかもしれませんね。
吉田仁人・JAZZダンスとの出会い
吉田仁人さんとJAZZダンスの出会いをご紹介していきます。
出会い
ダンスに夢中になっていた吉田仁人さんがHip Hopを続ける中、9歳頃に転機が訪れます。
それがJAZZダンスとの出会いでした。
発表会を見て、
「とてもきれい。自分もやりたい」
とダンスの上手い吉田仁人さんは、強く感じたそうです。
当時、そのクラスは男子参加不可。
しかし、ダンスが大好きだった吉田仁人さんは諦めませんでした。
JAZZへの熱意
9歳の時に見た発表会のJAZZダンスの振付をすべて覚え、吉田仁人さんは先生へ直談判。
その熱意が認められ、10歳から中高生のお姉さんと同じクラスに参加することになったそうですよ。
この行動力は現在にも通じていることでしょうね。
ソロダンスで身につけた勝負意識
吉田仁人さんは、11〜12歳頃になるとマンツーマンレッスンを受け、ソロダンスにも挑戦するようになります。
夏祭りのダンス対決では、7〜8人チーム相手に吉田仁人さんは、一人で勝利。
吉田仁人さんは、人数ではなくダンスの実力で評価される経験を積み重ねていきました。
大事なセンター
以前ダンスレッスンの時に必ずセンターの鏡の前にいた女子から
「上手いね」
と言われた経験も印象に残っているそうです。
その頃から、
「上手くないと真ん中には立てない」
という感覚を吉田仁人さんはダンスに対して持つようになったのかもしれません。
センターエピ
「ダンス上手いね」
と実は言わせたかったダンスが上手い吉田仁人さん。
過去にその女の子から、吉田仁人さんは鏡の前のセンターの場所にいると
「どいて」
と、いわれ、その子の親にも
仁人君はもっと笑顔で踊らなきゃダメだと思うよ
と言われ、この親子に勝つにはコンテストでその子に勝つしかない!という反骨心がメラメラと沸き上がったそうです。
そんな親子の存在があったから、吉田仁人さんが本気でダンスに取り組めたのかもしれませんね。
吉田仁人・ダンスの悔しさを表現力へ
吉田仁人さんがダンスの悔しさを表現力へと変えれたエピソードを見ていきましょう。
芸能界
小学6年生になる頃、多くの男子がダンスを辞めていく中、吉田仁人さんは続けました。
吉田仁人さんは地元CMにダンスで出演するなど芸能活動も経験し、芸能界を意識し始めたそうです。
ダンスが大好きな吉田仁人さんは、雑誌で情報収集し挑戦したのがEBiDANオーディションでした。
塩崎太智
EBiDANオーディションで出会ったのが塩﨑太智さんです。
当時の吉田仁人さんは、ダンスレッスン開始5分前から鏡の真ん中を確保。
理由は、
「また真ん中を取られたくない」
という強い気持ちでした。
一方、塩﨑さんはリラックスして携帯ゲーム。
お互いに印象は真逆だったそうです。
オーディション敗退
吉田仁人さんは14歳の頃、M!LK前身グループ「CLash」のオーディションに参加されたそうです。。
結果は2回戦敗退。
しかも塩﨑さんは上位入賞。
ダンスに自信があり、真面目にレッスンを受けてきた吉田仁人さんは相当悔しかったそうですよ。
しかしプロデューサーから、
「吉田仁人を入れた方がいい」
という評価を受け、グループ加入につながったそうです。
吉田仁人さんの順位だけでは測れないダンスのスキル・魅力を見出された瞬間かもしれませんね。
15歳で上京
ダンスの上手い吉田仁人さんは、15歳の夏休みに上京を決意。
家族も一緒に上京し、東京で本格的な活動をスタートされました。
ダンスの上手い吉田仁人さん、現在はM!LKリーダーとして活躍されていますよね。
ダンスの上手い吉田仁人さん本人はライブが一番好きだと語っています。
また、吉田仁人さんが4歳の時「踊りたいなら!」と、ダンス教室へ連れて行ってくれた母親から
「ライブ良かったよ」
と褒められることが今でも嬉しいそうです。
まとめ
ダンスが大好きな吉田仁人さんの人生を振り返ると、一貫しているのは、
「真ん中に立ちたい」
という想いです。
子どもの頃の吉田仁人さんのダンスでの勝負への執着は、今では誰かに届ける表現へ変わっているようにも見えます。
誰にも理解されなかった吉田仁人さんの「ダンサーになりたい」という夢。
それを努力で現実に変えたからこそ、今のステージに説得力があるのかもしれませんね。


